●米国同時多発テロ事件と保険業界の損害状況(中間総括)(2002年2月20日)
 
 【日本の損保業界への影響】
 ◎実は大半の国内社は軽微な損害、3社の金融再保険の損害がほとんど

 ●主な損保会社の保険金支払見込額(2002年2月現在。カッコ内は事件発生当初の支払見込額。あいおい損保・日産火災・大成火災は米国再保険エージェント、フォーレスト・リー社の金融再保険取引に伴う同時多発テロ以外の支払見込額も含む。その他の損保会社は世界貿易センタービル・周辺建物内の火災利益保険、進出企業社員等の労災保険、傷害保険、航空機旅客の海外旅行傷害保険などの支払見込額が主体):東京海上83億円(30億円)、安田火災26億円(20億円)、三井住友海上50億円(20億円)、日本興亜損保12億円(10億円)、日動火災9億円(8億円)、富士火災2億円(同)、ニッセイ同和損保14億円(5億円)、共栄火災4億円、あいおい損保1261億円(8億円)、日産火災744億円(6億円)、大成火災744億円(2億円)=計2949億円(フォーレスト・リー社によるテロ事件以外の航空保険等の損失分含む)もの巨額損害となった。
 ただし、米国再保険エージェントの一任取引による金融再保険契約を締結していた3社の損失が2749億円とほとんどで、これを除く損保会社の元受契約の損失額は約200億円と軽微である。テロ事件の損失が風評を呼び、以降、損保会社の株価が低迷する一因になった。
 
 ●大成火災の破綻:2001年11月22日、東京地方裁判所に会社更生手続開始の申し立てを行い、受理された。安田火災・日産火災がスポンサー会社に決まる。
 同社は米国の再保険エージェント、フォーレスト・リー社に海外金融再保険取引を一任していた。9月11日の米国同時多発テロ事件で墜落・激突した航空機4機、その後のニューヨーククイーンズ地区で墜落した航空機等にかかわる航空保険の再保険契約をあいおい損保、日産火災とともに分担受再していたため、744億円もの再保険金を支払うこととなり、今中間期決算でその全額を引き当て処理すると398億円の債務超過となるため、自力経営を断念、会社更正手続の申し立てを行ったもの。海外再保険の損失見込額744億円、当期損失737億円、債務超過額398億円、ソルベンシーマージン比率マイナス191.4%。
 逆ざやで破綻した第一火災に続き、戦後2番目の国内損保会社の破綻。国内下位損保会社として支払余力を大幅に超える金融再保険取引を外国エージェントに一任し看過した経営責任は重い。大成火災の破綻と日産火災の巨額損害発生により、今年4月に予定されていた安田火災(第一ライフ損保含む)、日産火災、大成火災3社による合併新会社「損保ジャパン」の設立構想が、安田火災と日産火災の2社合併の形で7月にずれ込むこととなった。

 ●あいおい損保と日産火災は事件後、フォーレスト・リー社関連の金融再保険取引につき、新規・継続契約の停止、委託契約解除交渉を進めるなどの措置を取る一方、同社関連契約の残存リスクについて別途再保険カバーを手当し、損失拡大防止策を実施済み。

 
 【ニッセイ基礎研レポート「同時多発テロ事件の米国保険業界への影響」】 
 ◎消費者の保障意識高まり、ビジネスチャンス拡大のメリットも

 ニッセイ基礎研究所レポート・2月号で保険研究部門の高島浩一氏(ニューヨーク駐在)が「同時多発テロ事件の保険業界などへの影響」と題してレポートをまとめている。中で、米国の生保業界はテロ事件により消費者の間に恐怖感が芽生え、将来への不安感が急増したことから、生命保険の保障額を見直したり、新規加入の動きがみられ、従来型の保障商品へのニーズが増加している。また、損保業界の損失は最終的に400〜700億ドルに達する見通しだが、2002年以降の業績見通しは明るい。90年代から一貫して料率引き下げ競争を行ってきた業界に対して、今回のテロ事件は保険料値上げの正当な根拠を与えることになった。企業の保険ニーズは極めて強く、保険料の上昇傾向は今後数年続くと予想され、収益増が見込まれる。こうした追い風を受け、事件をビジネスチャンスとする動きがあるなどと指摘。同レポートの保険業界への影響に関する部分の内容は次の通り。

 (1)生命保険業界への影響
 12月19日現在の世界貿易センタービルでの死者・行方不明者数は2992人であると発表された。国防総省198人、ペンシルベニア州に墜落した旅客機44人と合わせると3234人である。
 保険業界は事件により多大な損失を被ったが、400億ドル以上の保険金支払いが予測される損害保険会社と比べ生命保険会社の推定支払保険金額は40億〜60億ドルにとどまると想定されている。死者・行方不明者が当初見込みの6000人超から減少したこともあり、生命保険会社の損失が今後急増する可能性は少ないとみられる。
 同時テロにより、生命保険業界は一躍脚光を浴びることとなった。業界の対応について、11月中旬にボストンで開催された米国生命保険協会の年次コンファレンスにおける講演で、ニューヨーク州保険監督局のセリオ局長は、テロ事件後の保険金の迅速な支払いや犠牲者に対する哀悼の意の表明など、生保業界の対応を非常に素晴らしかったと評価している。
 ワールド・トレード・センターの倒壊を受けて、消費者の間には文字通り明日何が起こるか全く分からないとの恐怖感が芽生え、将来に対する不安感が急激に増した。これにより生命保険について保障額を見直したり、新規に加入する動きが見られ、従来型の保障商品を中心にニーズが増加している。2000年来の株式相場の低迷により、近年生命保険業界が注力してきた変額年金等の投資商品の販売にかげりが見られる中、保障商品が見直されるのは業界にとって好ましい状況である。
 メリーランド州ボルチモアを本拠とするフィデリティー&ギャランティー・ライフが10月下旬に自社商品を扱う独立エージェントに対して行った調査(292人が回答)では、39%が事件の影響で生命保険に関する問い合わせが増加していると回答、そのうち35%が販売の増加に結びついているとしている。また、全体の36%が保険金額の増加が見られると回答し、そのうち83%が保険金額の増加率が10〜40%であるとしている。
 同社の会長は「9月11日の悲劇は、人々の将来計画に大きな影響を与えた。われわれはこうした変化に対応して家族や事業をどのように保障すべきかについて顧客を啓蒙・支援するつもりである」と述べている。
 また、生命保険関連のデータベースを提供する会社が10月から新たに北米の生命・医療保険会社550社を対象とする個人生命保険の加入申し込みに関するデータの公表を開始したが、10月の米国における加入申し込み件数は、前年同月比で8.5%増加とそれまでの横ばいないし減少傾向(9月はマイナス5.3%減少)から劇的な改善を見せた。同社によれば申し込みの増加はすべての世代で見られたとのことである。なお、11月の申し込み件数は、対前月比ではマイナス9.9%の減少となったものの、対前年同月比では5.6%の増加と依然として増勢を持続している。
 生命保険に対する関心の増加はニューヨーク市およびその周辺では特に顕著である。例えば、マサチューセッツ州を本拠とするマスミューチュアル・ファイナンシャルでは、10月のニューヨーク地区における加入申し込み件数が前年同月比で30〜45%増加しており、2001年で初めて前年を上回ったとのことである。 
 こうした状況下、ファイナンシャル・プランナーの多くは、相対的に低額な保険料で高額の死亡保障が得られる定期保険への加入を推奨している。これに対しニューヨーク・ライフの販売担当副社長は、一つの商品で保障と貯蓄が合わせて可能となる終身保険、変額保険、ユニバーサル保険等のキャッシュバリュー型商品のメリットを強調するなど、保険会社側は利鞘の厚い商品の販売促進に努めている。
 今後、こうした消費者の保障ニーズの高まりに対してどのような戦略を構築していくかが、生命保険会社の業績を左右すると考えられる。

 (2)損害保険業界への影響
 専門家の推計によれば損保業界の損失は、最終的にマイナス400億〜700億ドルに達する見通しであり、2001年の業界全体の税引き前利益はマイナス150億〜200億ドルの損失となると予想されている。
 テロ事件が業績に一時的に大きなインパクトを与えるのは間違いないが、2002年以降の業績見通しは明るいとの見方が多い。今回の事件が、1990年代から一貫して保険料値下げ競争を行ってきた業界に対して、保険料値上げの正当な根拠を与えることになったからである。実際に損害保険料は急騰しているが、企業は従来以上にリスクに敏感になっており、保険ニーズはきわめて強く、保険料の上昇傾向は今後数年続くと予想されている。
 こうした保険料の上昇を受けて、2002年の保険料収入は10%程度の増加が見込まれる。従って、保険金請求が通常状態に戻り、金利大幅低下がないことを前提とした場合、業界全体としては収益の大幅増が見込まれる。なお、テロによる保険金支払いを保険契約に盛り込むかどうかで業界、州政府、議会を含めた調整が後述の通り進んでおり、その結果次第で将来の収益が大きな影響を受ける可能性もある。
 さらに損保業界にはこうした需要の増大、保険料の値上げという追い風を受け、事件をビジネスチャンスとする動きがある。世界最大の保険ブローカーであるマーシュ&マクレナン社は、295人の従業員を失ったが、事件後、二つの新事業の立ち上げに取り組んでいる。一つは法人向けの保険を引き受ける新会社の設立であり、もう一つはテロ対策コンサルティング事業である。
 同社は、1980年代にアスベスト災害による多大な損害を受けた保険引き受け拒否の動きに対応し、新会社2社を設立した経験があり、今回もテロ被害に関する保険引き受けキャパシティの縮小を見込み、事件直後から迅速な対応を図った。新会社設立に際しては投資家からの出資希望が殺到し、資本金を当初予定から増額している(損保業界においては、他にも増資や新会社設立の動きが活発化しており、7社が増資を実施し、六つの新会社が設立されている)。
 もう一方のテロ対策コンサルティング事業については、テロ対策サービス提供会社との提携により、化学兵器とバイオテロリズムについて法人向けにコンサルティングを実施する予定となっている。

 (3)保険業界支援策を巡る議論
 保険業界への支援策は、緊急経済対策とならび、同時テロ後の議会における大きな議論の一つとなった。事件後、直ちに実施が決定した航空業界への支援とは異なり、議会内においては増大する財政負担を考慮した反対意見があり、支援の必要性自体を疑問視する向きもあった。
 議会が検討したのは、新たに大規模なテロが発生した場合の一定以上の保険金支払いを政府が支援する仕組みである。下院では11月29日に支援案が可決されたものの、上院では別途提出された複数の法案を含め審議未了のまま会期の終了を迎えた。
 議会は2002年1月23日に新しい会期を迎え、法案審議が再開された。保険業界に対する支援策は、航空業界に対するものとは異なり、直接的な業界支援というよりは、保険料の大幅上昇や保険自体が提供されないことにより一般企業の経済活動に支障が生じないようにすることが念頭に置かれており、実際生じている影響を慎重に見極めつつ対応が図られることになろう。

 〈「米国保険業界への影響」部分については、ニッセイ基礎研レポート・2月号掲載の同研究所保険研究部門(ニューヨーク駐在)高島浩一氏の論文「海外だより・同時多発テロ事件の保険業界などへの影響」より、保険業界への影響部分を引用〉

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