●第三分野解禁をめぐる生損保業界の利害対立(2000年8月19日)
[米国政府のお許しが出た?]
さる7月のバシェフスキーUSTR代表と日野金融庁長官の会談で、2001年1月にWTOの国際協約通り第三分野の完全自由化を実施することが決まった。
消費者不在の辟易する利害対立の経過を要約すると、92年の保険審議会答申で第三分野(医療保険、傷害保険、介護保険)への段階的な生損保本体相互参入の道筋が明示されて以降、それまでくすぶっていた日米保険業界間の対立が激化し、94年の日米包括協議で第三分野への参入については第一分野(生保)、第二分野(損保)の自由化伸展とのバーターで、かつ中小・外国社への激変緩和措置を設けることで合意。さらに、これには生損保子会社も含むと米政府が横やりを入れ、紛糾。日本側が専ら譲歩して、96年4月施行の新保険業法で本体相互参入(本法)と激変緩和措置(附則)を法定した。それも束の間、子会社での取り扱い制限と解除時期についてもめ、さらに一方的に日本側が譲歩して同年12月の日米保険協議でやっと最終合意をみた。
すなわち具体的な激変緩和措置として国内生保系損保子会社への傷害保険の販路(法人会、旅行代理店、学校、通販)制限、積立傷害保険の販売禁止など、国内損保系生保子会社への医療保険とガン保険の単品販売禁止、入院特約の給付率制限(認可上は死亡保険金額に対する給付金日額の設定割合は1000分の5だが、取り扱い上は1000分の3に制限する)を設定、第二分野(損保)の料率自由化が実現してから2年半後に同措置を撤廃することとし、WTO協約で約定したもの。したがって、USTRの馬鹿げたスタンドプレーのように、NTTの接続料交渉に絡めて恩を着せられる筋合いのものでは全くない。
[国内生損保間の利害対立]
やっと米政府のお許しを頂いたと思ったら、今度は国内生損保業界間での利害対立が顕在化している。新保険業法本法では生損保双方の事業免許で第三分野商品が扱えることになっているが、またぞろ「第三分野」の解釈をめぐって騒ぎ出したのだ。一部米系生保が品揃えする死亡保障のない団体向け医療保険・ガン保険(簡単に言うと健康保険)を除き、ほとんどの市販の単品の医療保険・ガン保険には少額ながら一定の死亡給付があるが、これをもって生保側は「あくまでも第一分野(生命保険)であり、損保本体で参入できるのは死亡保障のない純粋医療保険のみ」と主張する。欧米では健康保険、労災保険が民間保険会社で広く取り扱われいるが、日本ではかねて生損保間の垣根が高く、生保の疾病保険に対する大蔵省の裁量線引き行政の認可基準として、生保会社の商品には入院給付日額の100倍の死亡給付が組み込まれていることが条件となっていたもので、生保側の主張はこれに由来する。その伝で行けばすでに本業で純粋医療保険である医療費用保険を扱っている損保は、第三分野に本体参入するメリットはほとんどない。
繰り返すまでもなく96年施行の新保険業法で、それまで曖昧な裁量行政で生損保間の利害対立の都度、線引きが右顧左眄していたいわゆる第三分野について、まずは明治時代の遺産である商法に則り「人の生死に関し一定額の保険金を支払う」生命保険(第一分野)について生保事業免許、「偶然の事故による損害を填補する」損害保険(第二分野)について損保事業免許で引き受けることとし、そのうえで「疾病、傷害(死亡含む)などの事由に関し、一定額の保険金を支払うこと。またはこれらによって生ずる損害を填補する」いわゆる第三分野については双方の免許で扱えることとした。つまり、それまで商品論、商法論、市場論入り乱れて線引きがぐじゃぐじゃになっていた第三分野については、「消費者の利便性・有利性の自由化の主旨」を踏まえ、商品論や商法論を超えて市場論を優先させ、消費者に目を向けた市場競争の勃興を期待して議論を重ね、法定にこぎつけたものではなかったか。
なにより、外資系生保会社こそ混乱の極みだろう。必死に権益を守ってきた自らの「第三分野」商品が実は「第一分野」商品だったのだから。議論の原点に立ち戻るならば、日米保険協議で国内生損保業界が一枚岩になって米側とやりあったが、そも日米交渉のテーブルに乗っていた「保護すべき第三分野」とは日米双方果たしてどの商品をさしていたのか。もしかして損保の医療費用保険と米系損保の法人会向け団体傷害保険だけの問題だったのかしらん。米系生保の主要な収入源である死亡保障付きの医療保険と法人会向け団体傷害保険の権益保護をめぐっての攻防であったことを、まさかお忘れになったのではあるまいな。保険自由化の根拠法である新保険業法に法定する「第三分野」とはすなわち、微細な死亡保障の有無に関わらず、「第三分野市場」をさすことは当時の情勢に照らして論を待たない。
[またまた保険業法改正?]
これまでのいきさつはともかく、新保険業法施行以前の商品論、商法論に立ち戻るかのような生保側の伝にしたがえば、損保会社はその生保子会社で死亡保障付きの医療保険やガン保険を単品販売するか、親会社の医療費用保険やガン費用保険と子会社の生保死亡保険とのセット商品を扱うことも可能にはなるが、親会社の代理店で生保の募集登録をしているものは限られており、さほど販売効果は見込めないことになる。
生保側は「生損保本体でまったく同じ死亡保障付きの医療保険を扱うとしたら保険業法を改正し、保険計理人、責任準備金、募集人登録、一社専属制等々、数多くの事業規定の相異点を早急に整合しなければならない」という。しかし、市販のごく一般的な医療保険を「第一分野」ととらえるのであれば、本体での生損保兼営論議をしなくてはならない。これでは新保険業法どころか昭和40年のいわゆる「柏木裁定」(生保の災害特約の創設をめぐり生損保の分野調整で紛糾。大蔵省の柏木審議官が疾病保険は原則生保分野、傷害保険は損保分野、生保の災害は特約のみの取り扱いとする裁定を下す)の時代に戻る様な話だ。
さすがに損保側は時計の針を明治時代まで戻して傷害保険の定額死亡補償の話まで持ち出す気はないようだ。当然、損保本体で海外旅行傷害保険同様に、広く第三分野商品で疾病死亡補償を取り扱うことになれば責任準備金等ごく必要最小限の見直しをしなければならないが、あくまでも子会社を持たない保険会社も含め生損保本体で広範に医療・介護・傷害商品を市場に供給し、商品・価格競争の増進を図り、消費者に競争の成果を還元すべきである。消費者の自己責任意識の高まり、今後の第三分野の主要チャネルが通販、窓販、ネット直販となることなどを勘案すると、とくに説明義務、募集制度面の規制のバーを最低限に止める必要がある。
[生保の本音は構成員規制撤廃論議への牽制球?]
「別に親子どちらでも構わない。これを機に自社代理店の生保募集人登録を増やす」と開き直ったスタンスを取る大手損保もあり、これでは実はハナから医療単品販売なぞやる気のない大手生保にとっては、まさに本業中の本業の死亡保険市場への損保代理店による侵食に手を貸すような難クセを付けてしまったことになる。
大手国内生保はすでに医療特約を扱い、厖大な利差損(逆ざや)を穴埋めすべく定期性商品の主契約に入院特約を付加することで死差益・費差益を確保しているわけで、死亡保障が薄く、かつ一割程度の低ローディング商品である医療保険を高コストの営業職員チャネルに単品売りさせる気などさらさらない。それが必要になるのは別会社で直販会社を備えたときだけなのだ。
もともと生保業界内の南北問題で大手の医療保険単品販売が制限されていた経緯を知るものからすれば、生保側の主張の真意は、いよいよ来年3月から金融審議会で具体的に議論される生保団体構成員契約規制見直しへの牽制球ならぬビーンボールに他ならないと見る。損保会社本体が生保類似商品であって同規制の対象外の医療保険やガン保険を扱うことで、元来、損保代理店として損保会社に親しい企業代理店による職域回覧募集のメニューに加わることとなれば、それは次なる生保団体構成員契約規制撤廃の地均しになるからだ。
しかし、どのみち損保会社は企業代理店に対して親子でクロスマーケティングをやるわけで、入り口は「どちらでも構わない」のだ。今後、親子間のクロスマーケティングの規制緩和が進み、親会社が一元的に販売管理を行えるようになるからなおさらだ。
結局、利害対立のあるところにはお定まりの裁量行政が働くのが日本金融界の風土であり、金融庁はなお、米系保険会社とUSTRの目線を気にしながら、省令改正に向け生損保両業界に対しヒヤリングを重ねている。四囲の状況を慮ると、とりあえず2001年1月から子会社による参入を解禁し、両業界間、さらには外資系保険会社とのさらなる利害調整を図った上で本体参入へと進む二段階方式になる可能性が高い。いうまでもなく金融庁は幅広く本体相互参入認めた業法本法の法益に鑑み、消費者不在の制限的な利害調整を行ってはならない。。
[第三分野は低コスト体質の外資が強い]
一方、国内保険会社による市場参入を迎え撃つ外資系保険会社はすでに準備よろしく整えていて、さほど動揺していない。最も影響を受けると見られていたガン保険特化経営のアメリカンファミリー生命では、すでに日本進出26年の経験に裏打ちされた商品・価格・チャネル各面のノウハウを確立している。わずか一割程度のローディングでまかなえるコスト体質が出来上がっており、大量の営業職員、代理店を抱える高コスト体質の国内生損保会社との価格競争に絶対の自信を持っている。企業代理店など損保あるいはその生保子会社とのチャネル争奪競争に打ち勝つため、ここへきてさらに合理化を徹底し、代理店手数料体系を改定、従来の初年度40%、次年度以降10%の水準から、初年度65%、次年度以降10%(10年で打ち切り)の新体系を打ち出した。
チャネル面でも第三分野開放までのタイムスケジュールが明らかになった97年以降、年間2500店規模の個人代理店拡充に取り組み、個人代理店市場の売り上げが五割弱のウェートを占めている。現在、委託代理店約一万店のうち企業代理店は二割(職域市場のウェートは25%)に過ぎない。
さらに今年7月には直販会社を立ち上げ、20〜40歳の女性市場の開拓にも着手。今後は米本社同様に傷害分野で逆攻勢をかける構えだ。規制緩和が企業を強くする好例である。
ビッグバンとはとどのつまり、日本市場で国際競争を行うことだ。世界トップクラスの保険企業の事業費率は約25%程度であるのに対し、国内損保で最も効率的な経営を行う最大手会社のそれは約36%である。将来の健保民営化まで展望すると、第三分野商品のマーケットは今後急速に拡大する。しかし、価格競争も内外社含め激化する。日本社が本体から販売網を本体から切り離して地域販社・直販販社を設立するなど、抜本的なリストラクチャリングを断行しない限り、付加率の薄い第三分野市場は外資に席巻される可能性すらある(書き下ろし原稿)。
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