●夥しい支払漏れ・請求勧奨漏れ―生保不払問題について(07年10月6日)

 生保各社は10月5日、保険金などの不払調査結果を金融庁に報告した。5日時点で38社合計で約120万件、910億円にのぼる夥しい支払漏れや請求案内(請求勧奨)漏れが判明した。

1.これまでの一連の不払問題と保険会社の対応について〈総括〉
(1)05年2月に明治安田生命による不当な保険金不払問題が発覚して以降、自動車保険の各種特約などの支払漏れ、火災保険料の過払、医療保険など第三分野商品の不払に続いて、今回の調査で夥しい生保の不払の実態が明らかとなった。金融庁が報告を求めたのは過去5年間の事案だが、これまでの不祥事の実態をみる限り、それ以前にも膨大な保険金などの不払があったであろうことは容易に推測できる。
 保険契約では契約者が保険料を払い、保険会社は保険金を支払うことを約定している(双務諾成契約)。一連の保険金などの不払事案は、保険金を支払うべき事実があったことを保険会社が知っていながら、あるいは知りうる立場にありながら、結果的に保険金などを払わなかったもので、もはやこれでは保険制度は成り立たない。誤解を恐れずにあえて保険金詐欺犯に対比して例えるなら、保険料詐欺にも等しい不作為犯(長年不正状態を放置し、見て見ぬふりをした罪)とのそしりを免れないものだ。社会的な信頼によって成り立つ保険制度の根幹を揺るがす不実の行為を行った結果責任は重い。
 一連の不祥事を契機に、保険会社は保険約款の平明化や加入時の意向確認、支払時の説明義務・請求案内の履行などに取り組みつつあるが、信頼回復のためにも保険業法(132条)に基づく厳しい行政処分が必要だ。また、市場の監視が届かない保険会社独自の相互会社経営や、消費者・契約者との接点となる営業職員の大量導入・大量脱落(ターンオーバー)、相も変わらぬ単価アップのための特約の重ね売り等に象徴されるように、保険会社の経営形態・会社組織・企業統治自体が制度疲労をきたしている面も否めない。この際、保険会社は信頼回復のために、抜本的かつ解体的な出直しを断行すべきだ。

(2)保険商品は本来、契約者と保険会社との間の「情報の非対称性」が大きい。生命保険は超長期にわたる契約であり、日常生活で滅多に使われることがないため、契約者は商品内容や効用を認識しにくいという特性がある。例えば、死亡保障のための保険で保障対象となる人(被保険者)は、生きている間はもちろんのこと、死んでも保険の効用を実感することはない。保険の効用を実感できるのは保険金受取人である。
 このような特性がある生保商品には、それが対面販売であろうと通信販売であろうと、加入前・加入時・保険期間中・保険金支払時にわたる全期間において、保険会社は契約者の誰もが納得できるだけの情報提供とコンサルティングを行う必要があり、契約者の人生に対しての社会的な誠実義務を果たさなければならない。
 一連の不祥事で支払時の問題だけがクローズアップされているが、今回初めて金融庁が報告を求めた契約者への請求勧奨漏れ事案の端緒は、保険会社側が加入時・保険期間中の情報提供を怠ったところにある。これを改善するには、説明資料や請求案内を数多く作成すればいいということではなく、説明する人=営業職員の質の向上に本気で取り組むことが最も重要だ。採用した職員の8割が2年以内に脱落している実態を長年放置してきたツケが、今回の夥しい不払を招いたといっても過言ではない。

2.生保不払調査の経緯と問題点について
 (1)生保の不払調査の経緯
 金融庁が07年2月、それまでの生保会社の自主調査の結果を踏まえて、過去5年間において、@保険金の支払額が間違っていないか(支払漏れ)の調査に加えて、A契約者側の請求漏れに対して、保険会社が請求を促す案内(請求勧奨)を怠ったために、支払漏れとなっていないか(契約者の請求漏れによる支払漏れ)の調査――の2点につき調査するよう命じたもの(保険業法128条、金融庁監督指針「適切な支払管理態勢の構築」に基づく報告徴求)。Aの生保会社が請求案内(請求勧奨)を怠ったことによる請求漏れ事案に対する報告徴求は今回初めてで、金融庁が契約者保護重視の姿勢を示した。4月の金融庁報告時点で、生保38社合計で約44万件・359億円の不払が判明した。しかし、下記の通り、保険料の払込がなく契約が失効した際の返戻金の案内漏れのようなケースをめぐって、調査基準と範囲が不徹底であったことや、契約者の住所変更で連絡が取れなかったり、少額の請求勧奨に契約者が反応しなかったケースなどが続出し、調査が収束できずに6月末、そして9月末と調査集約期限が延び延びになり、今日に至った経緯がある。
 
(2)今回の調査結果から指摘できる問題点
 @保険金などの支払漏れ(契約者からの請求があったが、正しく保険金などが支払われていなかったケース)の主な原因として指摘できる点は下記の通り。
▽事務処理上の過誤や査定担当者の知識・教育不足(例:手術給付金を支払う際の手術コードの入力ミス、傷病名・手術名など診断書記載事項の見落とし、見誤り)。
▽主に各種医療・介護保障など生前給付(生きるためのリスクへの保障)型特約のセット商品(単価アップのための重ね売り商品)が複雑化したため、事務処理ミスや担当者のミスを増やす結果となった。

 A保険会社が請求勧奨を怠ったことによる契約者の請求漏れ(いわゆる保険会社の請求勧奨漏れ)の主な原因として指摘できる点は下記の通り。
▽加入時〜支払時における基本的な情報提供が不十分だった(保障内容が理解されていなかった。請求手続きの説明が不十分だった。支払できるケースや支払できないケースの具体的な説明が行われていなかった。など)
▽数多くセット化された各種医療・介護特約などへの説明と請求案内(請求勧奨)を怠った。
▽保険会社側の請求勧奨に対する意識が低く、請求漏れを洗い出す事務・システム対応が不十分だった。
▽営業職員やオペレーターへの教育を怠った。
▽通院など少額の給付金請求では、診断書取得費用や手間との見合いで、契約者が請求を控えるケースがあり、保険会社も少額の請求勧奨には及び腰になっていた。
〈上記指摘事項の解説〉
 ※特徴的なのは通院を保障する特約や3大成人病を保障する特約での請求漏れが多かったこと。例えば、病気やケガで入院した人が退院して、入院・手術を保障する特約の保険金や給付金を請求して受け取った。本人はもう退院してすっかり治ったつもりでいるし、保険会社に請求したのだから当然、加入している保険の保険金は全額支払われたものと思っていた。しかし、多くの場合、加入時に入院を保障する特約と退院後の通院を保障する特約をセットで加入している。保険会社から通院の請求案内も来なかったので請求していなかったケース。
 入院・手術を保障する医療特約と3大成人病特約にセット加入している人が心筋梗塞にかかったケースで、一定期間、仕事ができなかった等の所定の条件を満たした場合には、医療特約の給付金に加えて3大成人病の保険金が支払われることになるが、契約者は保険会社に診断書を提出して入院給付金の請求をしたので、すべて支払われたものと思い、医療特約の給付金だけ受け取った。保険会社から3大成人病の請求案内も来なかったので、請求していなかったケース。
 ※上記のケースで、契約者は最初の請求時に医師の診断書を提出し保険約款上の通知義務を果たしていると解釈できる。保険会社は請求により保険事故の発生を知り、医師の診断書により当該病状とそれに対する保険金・給付金支払の蓋然性を知りうる立場にいるにも関わらず、契約者に対して請求勧奨を怠り、請求がなかったから支払わないという態度は誠実義務に反する不作為の罪と言える。生保会社の自主調査報告により、こうした事例が数多く見られたことから、金融庁は保険会社の請求勧奨漏れを報告徴求に加えたもの。
 ※金融庁による「請求勧奨漏れ」に関する報告徴求は初めてのことで、従来の生保業界の通例では、保険約款上の契約者の通知義務(請求義務)規定を前提として、「契約者による請求主義(原則)」で保険金支払が行われていた。その意味で、今回の「請求勧奨漏れ」への報告徴求により、保険金支払の前提が従来の契約者による請求主義から、契約者保護重視の「保険会社の請求勧奨主義(原則)」へと大きく舵が切り替えられたと言える。
 ※売るほうがきちんと説明できないほど多くの生前給付型特約ができた背景は、少子高齢化に伴って、保険料が高い万一の死亡保障に対するニーズが減り、相対的に保険料が安い医療・介護保障といった「生きるためのリスク」を保障する保険へのニーズが高まっている。これに対応して、保険会社は例えば3大成人病を保障する保険が売れれば、生活習慣病保険、5大成人病保険、7大成人病保険等々と、売りやすい保険や特約をどんどん増やし、重ね売りすることで保険料収入を上げる政策を展開するようになった。結果として、セールスする側が分からなくなるほど、多くの保険や特約がつくられ、保険商品が複雑化したもの。これを在籍期間の短い営業職員が販売することで、説明不足→請求漏れを惹起する結果となった。 

 B支払漏れと案内漏れが重複するケースについて
 今回の調査で目立つのは、失効返戻金の支払漏れであり、保険会社によっては解約案内漏れの色彩が濃い。今回の調査結果で保険会社間の対応の違いが目立った点である。
 保険料の払込がないまま一定の猶予期間を過ぎると、保険契約は失効する。保険の種類によって積立金(解約した場合の解約返戻金部分)がある保険の場合、積立金の範囲で保険会社が保険料を立て替える「自動振替貸付制度」により、保険契約を継続させることができる。また、契約が失効した場合でも、通常3年以内であれば、延滞保険料を払い込むことで契約を復活できる。保険料の「自動振替貸付制度」を利用した場合、積立金が減っていくと最終的に1回分の保険料がまかなえなくなり、端数の数百円〜数千円の残金が残ることになる。そのまま契約復活の時効を超えると、会計処理上は最終的に保険会社の勘定に入ることになる。
 今回の調査で、保険会社によって、保険料払込猶予期間を経過して「自動振替貸付制度」に移行後、3ヶ月時点・2年3ヶ月時点と数次にわたり、契約者に復活するか返戻金額を明示して解約するかをハガキで案内をしている会社と、金額も明示せずに案内が不十分だった会社がある。すでに契約者宛に数次の案内をしている会社の場合は、復活・解約の勧奨を行っているとして、今回の調査では失効返戻金の支払漏れにはカウントしていない。一方、復活・解約勧奨を怠った会社の場合は今回の調査対象に含めてカウントしている。大手生保の間で支払漏れ件数に格差が出たのはこのためだ。なお、今回の調査で失効返戻金をカウントしなかった会社でも、契約のデータベースは残っており、再度集計することは可能だ。保険会社によって、このようなバラツキが発生したのは、失効返戻金の処理に対する金融庁のスタンスが一貫しなかったことによる。
 
3.契約者が注意すべき点について

 今回の不祥事を経て保険会社は請求勧奨資料を整備するなどの再発防止策を講じたが、その成果は不透明だ。本来、生命保険契約には契約者の通知義務があり、契約者側も自己責任で大切な保険契約を自己防衛する心構えが必要だ。@もしかしたら、自分も支払漏れや請求漏れに該当している可能性があると思ったら、入院したときの病名や症状を言って保険会社に連絡すると、保険会社の調べが早くなるので、追加支払手続きが早くなる。Aセット商品の各種特約で請求漏れが多く発生しているので、特約の内容を覚えておく、B支払われるかどうか保険証券を見てもよく分からないという人は、分からなくてもかまわないので、とりあえず調べて欲しいと保険会社に連絡すること。C保険金が支払われないという保険会社の言い分に納得できない人は、いま多くの保険会社では外部の弁護士に保険会社が費用を負担して相談できる制度を行っているので、苦情窓口に連絡して弁護士と相談させて欲しいと言うこと。

4.保険業界の課題について

 (1)約款上の請求勧奨義務規定の明確化について
保険契約上の義務規定は保険約款に基づく。契約者の通知義務は約款に明記されているが、保険会社側の請求勧奨義務についてはそれが保険金支払義務に含まれるものとしても、その範囲や程度については不明確だ。今回、金融庁が初めて行政指導として保険会社の請求勧奨漏れに関して報告徴求を行ったが、本来、役所が介入して私的契約の内容が左右されるのは好ましくない。保険約款上、保険会社の請求勧奨義務規定を明確化し、契約者保護を担保すべきだろう。

 (2)米国保険市場における給付金請求に関する実態
1.一般的に、米国では保険商品販売時に保険会社には契約条件や給付金対象事由について、顧客に明確に説明することを求められている(日本における説明責任よりも広範かつ厳格)。消費者側の自己責任意識も高く、セールスマンに勧められるまま保険に加入するという習慣はほとんどない。
2.その結果、顧客、あるいは給付金受取人側は請求事由を十分に理解しているとの前提に立つことになる。
3.したがって、一般的に契約者は保険会社側から請求勧奨を行うことを期待していない。ただし、当然のことながら、保険会社が保険事故について給付金支払事由であることを知った場合においては、保険会社は給付金受取人を見つけ出し、支払いを行うことが言わば社会に対するコミットメントとして期待されている。(約款上に規定があるわけではなく、保険会社としての社会的な誠実行為)
4.保険会社が給付金受取人に連絡ができずに、本来支払対象の給付金が未請求となる場合には、その保険会社はその給付金をescheatment(没収)というプロセスを通じて、州保険局に送金する。州保険局はこのような未請求給付金を受取人のために信託保管することとなり、この時点で保険会社は支払義務を免れる。
 上記の通り、米国においても約款上の規定はないものの、支払事由に該当するものは請求勧奨する場合があるが、支払該当の可能性のあるものまでを包含して、顧客に請求勧奨するという習慣はない。これは保険加入時に顧客に詳細かつ厳格に説明を果たしていることが前提になっているためだ。
 日本では消費者の自己責任意識や営業職員に実態を含めて、現実に加入時の説明が厳格に行われていない可能性が高いため、今回のように該当可能性のあるものまでに請求勧奨が行政指導されたものと解釈できる。

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