●明治安田生命の不払問題、解体的出直しを(05年10月23日)
<総括>
「遠い将来の約束」を果たすのが生命保険事業の使命であり、社会的な信頼が無ければ生保事業は成立しない。今回明らかになった明治安田生命による1053件(詐欺無効248件、団体保険関係不払19件、それ以外の新たに判明した不払786件)もの不払問題で、将来の約束を果たすという生命保険事業への信頼が失墜した。恣意的かつ一方的に約束を反故にするような保険会社には誰も保険を掛けなくなるという意味で、これは明治安田生命1社の問題に止まらず、生保業界全体の信頼を揺るがす重大な問題である。
明治安田生命はトップ3人の辞任に止まらず、新たに外部からトップを招聘する選択肢も含めて解体的出直しをする必要がある。
<問題の背景・原因>
今回新たに判明した786件の年度別不払件数を見ると、2000年は17件と生保会社として平均的な水準であったものが、01年217件、02年211件、03年136件、04年205件と、01年以降、異常な増え方をしていることが分かる。
この要因と背景を分析すると、旧明治生命がデフレ経済の先が見えない01年3月に中期経営計画を策定し、基本方針の中で営業生産性向上と収益力の強化を打ち出した。生保会社の利益は、死亡率に関わる死差益、運用実績に関わる利差益、事業費率に関わる費差益から成るが、デフレによる資産劣化と運用の逆ざや(利差損)が長期化する中で、「死差益を拡大するうえで、アンダーライティングと保険金支払査定力の強化が重要」と明示した。定額保障を約定する生保は元来、「入口」の危険選択がアンダーライティングの骨格を成す。しかるに同社の実態は、実損填補で「出口」重視の損保の如く保険金査定の強化に力点を置き、死差益を稼ぐ施策に走ったことが直接的な要因である。
このことは、募集時における「不告知教唆」の実態が発覚し、結果的に異常な数の「告知義務違反」「詐欺無効」「重大事由」による契約解除と一対を成している構造を見れば、同社に弁明の余地はない。
また、旧明治生命は2000年秋に旧東京海上を中心とするミレア保険グループの生損保統合構想から離脱し、独自に旧安田生命との生保統合に舵を切りかえた。旧明治生命が大手総合生保として合併新会社で主導権を取るために、収益力強化に一層拍車をかけたことが不祥事を胚胎した背景と言える。
こうした問題発生の要因と背景を見るに、不払問題は査定基準の強化という1保険金査定部門の責任ではなく、明らかに経営レベルの責任である。よって、2000年以降経営の職にあった者はすべからくその責めを負うべきである。また、異常な不払事案が04年の統合後にも発生している点から、旧明治生命出身役員のみならず旧安田生命出身役員も含めて、その責めを負わなくてはならない。
<特有の異常な問題点>
契約者に対する詐欺無効解除(248件)や重大事由解除(157件)は明らかに同社が「保険金詐欺の疑義あり」と判断したものであり、通常、保険会社は裁判を前提に認定すべき事案である。各社の膨大な契約の中でこれらに該当するものは年に数件から、あっても10数件発生するかどうかというレベルと思われる。さらに、相当数の告知義務違反解除も含めて、死差益を追求する余りに契約者を「保険金詐欺犯罪者」呼ばわりしたのも同然である。
被保険利益や契約後の危険増大への対応をはじめ保険法制は契約者性善説に立ち、いわば「疑わしきは契約者の利益のために」の視点で判断する特有の生保商習慣がまた、保険犯罪を生み出す遠因でもあるが、契約者の利益を重視した厳格な法体系が生命保険制度の信頼の根幹を成している。
その場しのぎの収益追求施策で保険金査定のさじ加減を弄り、営業職員による不告知教唆の現場実態も相まって、金融庁検査で発覚するまでの間不正に利益を収得した行為は、保険者による重大な「モラールリスク事案」であり、生保業界の長年の伝統と信頼を毀損したばかりか、保険犯罪者たちにも「ある種の言い分」与えてしまった点において、一介の保険犯罪者より遙かに罪が重いといっても過言ではない。役職員たちは保有1千万件分の千件余の問題として、事を矮小に捉えてはならない。まさに保険者としての矜持が問われているのだ。
本事案の被害者は契約者や同業他社ばかりではない。長年、危険選択の基本動作を守り、地道な募集活動で顧客の信頼を得てきた同社の幹部営業職員が、「自分たちは不告知教唆なんか絶対にやらない」と憤慨し、悲嘆にくれている姿を経営者は正視できるのか。
死差益拡大と査定力強化を打ち出した中計策定翌年の入社式において、金子社長は新入社員に次ぎのような訓示を行っている。
「会社競争力の根源は、職員一人ひとりの能力とモラールの高さにある」と。
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